人間がベルトして、そこにプログライズキーを挿して変身する…それ、仮面ライダーやないかい!俺の目は騙されんよ!(仮面ライダーゼロワン 第18話「コレがワタシのいける華」)
ミルクボーイ駒場
「ただな、オカンが”レイダー“やって言いよんねん」
ミルクボーイ内海
「ほな、仮面ライダーと違うかー…。
ZAIAエンタープライズが飛電インテリジェンス買収に向けて仕掛けた“お仕事5番勝負”。
その第一回戦となる「生け花対決」は、人間代表である華道家の立花蓮太郎が見事ヒューマギアに勝利した……かに見えた。
勝負に敗れ、サウザーに破壊されたて復元したお花屋さんヒューマギア・一輪サクヨは、或人に驚きの事実を告げる。
「私は彼にだまされたのです」、と。困惑する或人。そんな中、蓮太郎に怪しい黒い影が近づいて―――。
…あ!
ありがとうございますー!
今、プレバンで出てるDXシリーズ用延長ベルトを頂きました!
こんなん、なんぼあってもいいですからね。」
…さて(?)
仮面ライダーゼロワン第18話いかがだったでしょうか。
私は最近の投稿で申し上げてる通りゼロワンが全然面白くない上に、別に誰か知らんヤツが誰であっても良いような謎を番組側から突き付けられ、踊らされるように安易な考察は落としたくもなく、何を書こうか浮かばなくなってしまい、ブログスランプに突入しています。
そうして数日考え抜いた結果、今回扱う内容はこれに決めました!
人間がベルトで怪人に変身したらゼロワンの存在意義って薄れない?
・何のために戦うのか
そもそも、ゼロワンの存在意義は是之介の遺書で語られた「悪意を持った者にヒューマギアを悪用させない」ためのものでした。
しかし今回、戦った相手“レイダー”は何者かに怪人化させられた人間であって、悪用されたヒューマギアではありません。
レイダーとは
レイドライザーを装着した人間がプログライズキーを装填し怪人化した姿。
人間個人の意思とは関係なく変身するため、誰が、何のために、など発生のメカニズムを含めて謎が多い。
こちら側が歩み寄る形で考えてあげれば、華道家を怪人に仕立てた謎の人物はヒューマギアである可能性があり、その謎の人物を影で操る“悪意を持った者”が存在することで間接的にゼロワンが関わることを成立させることになるやも知れませんが、現時点では何も分からないため、ヒューマギア暴走問題外でのゼロワンの変身は管轄外の行為となり、或人社長のライダー副業化、私用化のようになっています。
・怪人の種族が変わってしまう
仮面ライダーの劇場版ではクロスオーバーやテレビ本編の番外編として敵対する種族が変わることはありますが、本編中に設定が変わり、種族そのものが変わるのは極稀なケースです。
鎧武のオーバーロードのように幹部ポジションが別種族として動くことはありしましたが、各エピソードのゲスト怪人のフォーマットが丸々変わることはありません。
オーズでは幹部ごとにゲスト怪人の作り方が異なり、恐竜グリードはかなり特殊で物から怪人を作り上げていましたが、「欲望」が形作られて怪人になっているという共通点は残しているので違います。
同じ大森プロデューサーの作品、『仮面ライダードライブ』でも中盤に敵種族ロイミュードが人間と融合する“融合進化態”なるものが存在します。
しかし、こちらも人間をベースにしてはいるものの敵種族のロイミュードを介しているので、やはり、ヒューマギアではない華道家が変身するレイダーはシリーズ史上、異例な采配になるのです。
・レイダーとAI対決の直接的な関係がない
では、敵の設定が異例なことは悪いことなのかというとそんなことはない、と思っています。
令和という区切りに心機一転、新しいフォーマットを模索することは自然なことでしょうし、平成シリーズだってそうやって変化していくことでマンネリ化を避けながら続いていきたと思うんですよね。
しかし、連載が伸びに伸び、フリーザ編からブウ編へと敵種族が後付け的に移っていった某少年漫画じゃないんですから、途中フォーマットを変えることで飛電社の因縁にライダーとしての戦いが緩むのは一年の見通しを考えて始まった作品としては不恰好ではないかと思えてしまうのです。
飛電社の因縁としてはZAIAの垓と浅からぬものがある分、怪人との戦いと他社のAI対決が別の問題になってしまうことは『仮面ライダーゼロワン』にとって戦闘シーンは玩具を売るためだけに存在するもの…まさしくライダーの戦いパートが“消化試合”になってしまうということなんです。
・ベルトで変身する人間はライダーじゃない?
滅亡迅雷.netサイドが仮面ライダーになる度に過去作のライダーも引き合いに出し「大森プロデューサーは仮面ライダーをなんだと思っているんだ」と怒れるコメントをSNSで散見しました。
私なりの見解として申し上げると、大森プロデューサーの作品に関して言えば“仮面ライダー”は敵に付ける箔みたいなもので、玩具や作品内では存在感としてのネームバリュー以上の意味はないと思っています。
SNS上では、どのような形で特ヲタの意見がまとまったか知りませんし、冬映画も見ていないので、概念としての「仮面ライダーとは?」の答えがゼロワンでどう示されているかも知りません。
ただ、今回、ヒューマギアではなく人間に、ベルトにゼツメライズキーではなくプログライズキーを挿したことで
そ
れ
は
も
う
仮
面 ©️ミルクボーイ
ラ イ ダ ー に 決 ま っ と る や な い か い !
と思ってしまったよね、“仮面ライダー”を安売りしているイメージの大森作品では。
序盤はヒューマギアが怪物化していたので、なんとなく仮面ライダーとの線引きが曖昧でしたが、いよいよベルトによる怪物化が人間になってしまっては 変身態をどうカテゴライズしていいのか困ってしまいます(笑)
もしかすると「そこまで売り込む気のない敵は非ライダー」とか「格好良いベルトで変身したらライダー」ぐらい、程度の低い志の元に分類されているのかもしれませんね。
・涙ラインも必要ない敵側のリスク
そして、今までのマギア化したヒューマギアと違い、怪人化した人間を殺すことなく助けられてしまいました。
元々、仮面ライダーは悲しみを背負いつつ、同族を始末していくことから涙のような意匠が目元にあったはずですが、レイダーを倒すことにリスクもなければ或人との接点が薄すぎるため何の悲しみもないでしょう。
マキシマムドライブ化というか、エキス抜いた後のスマッシュというか。
カザリのヤミーを倒す時に宿主を救うよりも簡単で、ヒューマギアに対して倒してしまうことで怪人化させられた側のリスク減少も、1クール分でいびつなりに積み上げた悲哀が無駄になる設定変更でガッカリしてしまいます。
愛する街の住人を止める悲しみはダブルにさえありましたし、私が嫌いなビルドでさえ、ハードスマッシュから強制変身解除されては死んでしまうハザードスマッシュへと強さの代償にリスクを付与することで緊張感を持たせたというのに、新年明けてから倒すことのリスクを緩和させてどうするのでしょうか*1。
マギア化し倒されたサクヨも対決の仕切り直しを控えているのでバックアップも綺麗に残る仕様になりましたし、本当に都合が良すぎます。
つまり、これらの奇っ怪な設定は、対戦の前後や合間にヒューマギアは初期化されては成立しなくなってしまうし、人間側も大怪我してまっては対決を中止すべきだと声が挙がってしまうために変更されたものだと考えれば、合点がいくと思います。
結局、行き着く結論としてZAIAとの対決とレイダーや新マギアとの戦闘はロジカルに絡み合わず、干渉しないようになっている…すなわち、やりたいお話上の構図のためにライダーの戦いの方に皺寄せが来てるということなのでしょう。
新章に突入した結果、人間を怪人化することで或人と怪人の因縁が浅くなり、仮面ライダーと非ライダーの境界線が余計にあやふやになり、ZAIAとの対決のためにライダー自体の戦いがオマケになってしまいました。
大森プロデューサーは、ゼロワンのテーマに“自由”を掲げており、それが「自由のために戦う」ことなのか「自由に作る」ということなのかは分かりかねるのですが、もし後者であれば先人達が構築したフォーマットの意図を把握せず、いたずらに崩し再構築に失敗しているのであれば本末転倒です。
変身システムが似ている“ライダー”と“レイダー(強襲者)”、名称が1文字違いで立場が大きく異なるというアイデアは面白いだけに、新元号ライダーという看板を背負っていながらその違いをロジカルに示せない辺りが「大森プロデューサーは仮面ライダーを軽んじている」と叩かれる所以でしょうか。
ここからとりあえず あと4戦もよく分からん職業対決とそれに取って付けた戦闘目的が待っていると考えただけで退屈ですねぇ。
亡(とおぼしきキャラ)の謎で残りのZAIA編を牽引出来るといいのですけど…。
…あ!
ありがとうございますー!
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こんなん、なんぼあってもいいですからね。
*1:とりあえず死ぬというリスクを付ければお涙頂戴できるという安易な発想は嫌いだけど